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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)19号の1 判決

原告 林田繁

被告 小山晃 外二名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

被告らは、各自、小平市に対し、金一〇〇万円を支払え。

二  被告ら

1  本案前の申立て

本件訴えをいずれも却下する。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  原告は、本件訴訟を提起した当時小平市の住民であつた。

二  小平市市民部市民課主事の被告臼井義行(以下「被告臼井」という。)は、昭和五二年一一月三〇日同市所有の自動車を運転して走行中、自車を原告の長男林田琢己(当時四歳)が乗つていた自転車に衝突させ、よつて同人に傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。したがつて、本来地方自治法(以下「法」という。)九六条一項一二号及び一八〇条の規定に従い、小平市の義務に属する損害賠償額の決定が必要となる。

ところが、被告臼井は、本件事故の処理について上司の市民課長の被告小山晃(以下「被告小山」という。)及び市民係長の被告中原義夫(以下「被告中原」という。)と相談した結果、右規定の適用による損害賠償額の決定手続を回避するため、親権者の原告が自動車損害賠償保障法一六条一項の規定に基づく被害者請求手続を知らないのを奇貨として、被告らにおいて原告の代理人と称して被害者請求手続をなし損害賠償金を代理受領した上右損害賠償金をもつて小平市の本件事故による損害賠償金に充てることを共謀した。そこで、被告らは、原告には右の意図を秘した上、被害者請求手続に必要な(1)原告の住民票の写し(以下「住民票」という。)及び印鑑登録証明書並びに(2)原告の弟の林田文博の所得証明書各二通を入手するため右の(1)については小平市に、(2)については同市の名前で飯塚市にそれぞれ交付又は送付申請をなし、その結果小平市から同年一二月二日、飯塚市から昭和五三年一月一二日、右各書類の交付又は送付を受けたが、小平市に対しては右交付に係る手数料を納付せず、また飯塚市に対しては右送付に係る手数料を小平市の公金から違法に納付した。加えて、被告らの前記所為は詐欺、公文書偽造等の犯罪行為に該当するところ、被告らは勤務時間中に市の用具を使用してかかる犯罪行為を行い、かつ小平市の名誉を著しく毀損したものであるから、小平市に対し、右勤務時間の給料相当額、用具費及び慰謝料等の損害を与えたものというべきである。以上の損害を合計すると、金一〇〇万円を下らない。

三  よつて、小平市は、被告らに対し、金一〇〇万円の損害賠償請求権を有するところ、同市は被告らに対して右請求権の行使を違法に怠つている。

四  そこで、原告は、昭和五七年一月二八日付け書面をもつて小平市監査委員に対し、同市の被つた損害を被告らに賠償させるための必要な措置を講ずべきことを求めて監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は、当該行為のあつた日から一年以上経過しており、また財務会計上の違法支出は認められない、として、同年二月八日付け、翌九日到達の書面をもつて原告に対し、右監査請求を却下する旨の監査結果を通知した。

五  しかしながら、原告は、右監査結果に不服であるから、法二四二条の二第一項四号の規定により、小平市に代位して被告らに対し、各自金一〇〇万円を同市に支払うよう求める。

第三被告らの本案前の主張

一  法二四二条の二に規定する住民訴訟を提起する者は、当該地方公共団体の住民の資格を有することが必要である。ここに住民の資格を有するとは、当該地方公共団体の備える住民基本台帳に記録されていることをいう。そして、右資格は住民訴訟の係属中存続することを要し、訴訟中転出によつてこれを喪失すれば、当該訴えは原告適格を欠く不適法な訴えとして却下を免れない。

原告は、本件訴訟を提起した当時小平市の住民であつたが、同訴訟係属中の昭和五八年八月一三日同市から東京都江戸川区清新町一丁目四番地一六―八〇四号に転出し、同月二三日小平市にその旨の届出をした。そこで、小平市は、同日住民基本台帳から原告の記録を消除した。

よつて、本件訴えは、原告適格を欠くからいずれも不適法である。

二  原告は、未だ監査請求手続を履践していない。すなわち、原告は、本件監査請求において、(1)小平市職員の被告中原が原告の住民票及び印鑑登録証明書各二通を違法に取得したこと、(2)小平市職員の被告らが飯塚市から林田文博の所得証明書二通の送付を受けた際、その手数料を小平市の公金から違法に納付したことがいずれも法二四二条一項所定の違法、不当な財務会計上の「行為」に当たると主張し、同市監査委員に対して右行為によつて同市の被つた損害を被告らに補填させるために必要な措置を講ずべきことを求めていたものであつて、原告が本訴で請求している損害賠償請求権について、同市が被告らに対しその行使を違法、不当に「怠る事実」に関しては何ら監査請求をしていないのである。よつて、原告は本件訴えに係る請求については未だ監査請求手続を履践していないことが明らかであるから、本件訴えはこの点においてもいずれも不適法である。

第四請求原因に対する認否及び主張

(認否)

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち、被告らが小平市職員であり原告主張の地位にあつたこと、被告臼井が昭和五二年一一月三〇日同市所有の自動車を運転して走行中、原告の長男(当時四歳)が乗つていた自転車に衝突し、同人に傷害を負わせたこと、被告らが同年一二月二日原告の住民票、印鑑登録証明書並びに昭和五三年一月一二日原告の弟林田文博の所得証明書各二通を入手したこと、被告らが小平市に対して手数料を納付しなかつたことは認めるが、その余は否認する。

三  同三は否認する。

四  同四は認める。

五  同五は争う。

(主張)

一  小平市においては、庁用車の事故処理は当該職員の所属課が担当し、総務部庶務課及び管材部用地課と連絡協議して行うことになつている。本件事故については、被告ら三名が小平市の担当者としてその処理に当たつた。

二  被告らは、本件事故当時原告の長男の診療を担当した永井宏一医師から、保険会社に対する治療費の請求手続は同医師が行うので被告らにおいてその旨原告側の了解を得るとともに必要書類を準備してもらいたい旨の申し入れを受けた。そこで、被告らは、翌一二月一日右申入れについて小平市の関係部局である総務部庶務課及び管材部用地課と協議し、更に保険会社及び東京都地方課の見解を聞いて、検討した結果、右申入れに応ずることになつたので、原告に会つて右経過を伝え永井医師に請求手続を委任するよう依頼した。そして、その席上原告に対し、請求手続に必要な原告の住民票及び印鑑登録証明書その他の書類は小平市の方で用意する旨話したところ、原告はこれを承諾した。

三  同月二日、被告小山の指示を受けた被告中原は、公用として原告の住民票及び印鑑登録証明書各二通(一通は記録用控え)の交付申請をなし、同日その交付を受けたのでこれを保管した。ところで、小平市印鑑条例一八条は、「印鑑登録証を提示した者に対してのみ、印鑑登録証明書を交付するものとする。」と規定しているが、右の趣旨は本人の意思を確認することにある。本件においては、被告小山及び同中原が既に前日の同月一日原告と面談して意思を確認していたので、改めて印鑑登録証を提示する必要はなかつた。なお、小平市は、右住民票及び印鑑登録証明書交付の手数料については、小平市手数料条例三条一号が手数料を徴収しない場合として規定する「公益のために要する者」に該当するものと判断して徴収しなかつた。

被告らは、同日所轄警察署から本件事故証明書の発行には約一か月を要すると聞かされたので、やむなく被告らにおいて事故発生状況報告書、事故証明書入手不能理由書を作成し、これをその他の必要書類とともに原告に交付した。そこで、原告は、右報告書、理由書及び請求手続の委任状の各所定欄に自ら押印した上、同月一四日被告らに交付した。被告らは、原告から受領した右各書類と原告の住民票及び印鑑登録証明書をそのころ永井医師に交付した。

四  同月一七日、原告との示談交渉の席上原告から被告らに対し、飯塚市の母親が手伝いに来ているので、その休業補償をして欲しいとの申入れがあつたので、被告らは、そのためには母親の所得証明書が必要なので早速小平市から飯塚市にその送付を依頼する旨を述べたところ、原告もこれを了承し、母親の住所、氏名を明らかにした。そこで、被告小山は、同月二〇日小平市長から飯塚市長宛に飯塚市菰田西三丁目三五二番地の原告の母親(林田二美枝)に係る所得証明書二通の送付依頼書を発送したところ、飯塚市は昭和五三年一月一二日林田二美枝には所得がないとして、代わりに原告の弟で世帯主の林田文博の所得証明書二通を送付してきた。そして、飯塚市長は、右手数料が飯塚市手数料条例六条一号所定の減免事由である「国又は他の地方公共団体及びこれらの機関が請求したとき。」に該当するものとしてこれを免除した。

五  ところが、その間に原告と小平市との示談交渉が困難な状況になつたため、原告は、永井医師から原告の住民票及び印鑑登録証明書等関係書類の返還を受けて請求手続を断つてしまつた。

六  以上の経緯から明らかなとおり、被告らは、小平市職員としての職務遂行の一環として、同市から住民票及び印鑑登録証明書各二通並びに飯塚市から所得証明書各二通を受領したものであるから、もとより小平市に対し手数料を納付すべき義務はなく、また、飯塚市長により手数料を免除されたので小平市の公金から手数料を納付する必要はなく、納付した事実もない。したがつて、被告らの職務遂行には何ら違法はない。

七  ところで、原告は、被告らが法九六条一項一二号及び一八〇条の規定に基づく小平市の義務に属する損害賠償額の決定手続を回避するために被害者請求手続をした旨主張する。

しかしながら、小平市においては、昭和四九年一二月一一日議決に係る「市長の専決処分事項の指定について」の定めがあり、それによれば「法律上市の義務に属する損害賠償額の決定で、その額が一〇〇万円以下のもの」は市長において専決処分にすることができるものとされているところ、本件事故が右の場合に該当し議会の議決を要しないものであることは本件事故発生の当初から明らかであつた。しかも、市長が専決処分をしたときは、これを議会に報告しなければならない(法一八〇条二項)のであるから、被告らが被害者請求手続をすることによつて、市長が議会に対する報告を回避し得るものではないのである。

第五被告らの本案前の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告らの本案前の主張のうち、一の中段は認めるが、その余は否認し、主張は争う。

二  住民訴訟を提起する者は、同訴訟を提起する当時当該地方公共団体の住民の資格を有していれば足り、その後訴訟の係属中に転出によつて住民の資格を喪失しても訴えは不適法にならないと解すべきである。原告は、本件訴訟を提起した当時小平市の住民であつたから、本件訴えは適法である。もし、被告らが主張するように、住民たる資格は本件訴訟の係属中存続していなければならないとすれば、被告らの違法な人権侵害行為を是正する機会がなく、また、右行為によつて小平市の被つた損害が補填されないまま放置され原告ら住民の税金が無駄遣いされる結果になる上、原告は本件訴訟が最終的に終了するまで長期にわたつて同市に居住することを強制されることになる、よつて、被告らの主張は理由がない。

三  また、原告は、本件監査請求において、小平市が被告らに対する手数料及び損害賠償の請求を違法、不当に怠つている事実を指摘し、右怠る事実により同市の被つた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを求めたのであるから、本件訴えに係る請求については監査請求手続を履践しており、被告らの主張は理由がない。

第六被告らの主張に対する認否

被告らの主張のうち、原告が昭和五二年一二月一七日被告臼井と示談交渉したことは認めるが、その余は否認し、主張は争う。

第七証拠〈省略〉

理由

一  法二四二条の二に規定する住民訴訟の原告適格を有する者は、当該地方公共団体の住民(法一〇条一項)である。ところで、住民訴訟は、地方公共団体の執行機関又は職員による法二四二条一項所定の一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員たる住民全体の利益を害するところから、これを防止ないし是正するため、住民の直接参政の一方式として、法が特に住民に対し右違法な行為又は怠る事実の予防ないし是正を裁判所に請求する公法上の権能を付与したものである。法二四二条の二第一項四号に規定するいわゆる代位請求に係る住民訴訟も、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同一の立場においてではなく、住民として地方自治に直接参加する固有の立場において職員等に対し損害の補填を請求するものである。このような住民訴訟の目的及び性格並びに原告適格が訴訟係属中存続していることが民事訴訟の原則であることを考えると、住民訴訟の原告は、訴訟提起後その訴訟の係属中も当該地方公共団体の住民たる資格を有していることを要し、転出によつて当該地方公共団体の住民たる資格を喪失したときは当然に原告適格を失ない、その訴えは訴訟要件を欠く不適法なものとして却下を免れないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原告は、本件訴訟の提起当時小平市の住民であつたが、訴訟係属中に東京都江戸川区内の肩書地に転出し小平市にその旨の届出をしたので、同市の住民基本台帳から原告の記録が消除されたことは、当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、本件訴訟の係属中に小平市の住民たる資格を喪失したことが明らかであるから、本件訴訟につき原告適格を失なつたものというべきである。

二  よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人 大藤敏 立石健二)

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